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最高裁判所第二小法廷 昭和59年(あ)1215号 決定 1985年3月27日

国籍

韓国

住居

秋田市金足小泉字潟向七番地の一六

会社役員

鄭甲植

一九二二年一一月二日生

右の者に対する道路交通法違反被告事件について、昭和五九年八月二一日仙台高等裁判所秋田支部が言い渡した判決に対し、被告人から上告の申立があつたので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人穴澤定志の上告趣意第一点、同第二点は、いずれも単なる法令違反、事実誤認の主張であり、同第三点は、憲法一四条違反をいうが、記録によれば、本件レーダースピードメーターによる速度違反取締りにおいては、測定区域内に入つた違反車両はいずれも検挙される可能性があつて、取締警察官による恣意的な検挙が行われた形跡は認められないうえ、所論指摘のように、本件レーダースピードメーターによつては、車両が並進又は連続して走行するときには違反車両を識別できないため検挙することができないという事態を生ずるとしても、それは犯罪捜査上のやむをえない制約というべきものであつて、これをもつて本件速度違反取締りが不合理な捜査方法であるとはいえないから、所論違憲の主張は前提を欠き、刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。

よつて、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 大橋進 裁判官 木下忠良 裁判官 〓野宜慶 裁判官 牧圭次 裁判官 島谷六郎)

被告人 鄭甲植

弁護人穴澤定志の上告趣意(昭和五九年一〇月二九日付)

第一点 原判決は法令の解釈を誤り、延いて判決に及ぼす重大な事実の誤認がありこれを破棄しなければ著しく正義に反する。

理由

(一) 原判決は第一審の道路交通法違反事実に対する有罪判決を認容し、同法第一一八条第一項第二号の罪が成立するためには「一定時間にその車両の走行した距離を確定することを要するものではない」と判示している。

しかしながら道路交通法の車両の速度規制に関する同法第二二条、同法施行令第一一条における規制の仕方は「〇〇キロメートル毎時」と規定しているので、これが違反に対する罰則規定たる同法第一一八条第一項第二号の構成要件として或一定時に走行した車両の走行距離とこれに要した走行時間の数値が要求されているものと解すべきであり本件においては、これらの数値が証拠上明らかにされていないにもかかわらず原判決は右の解釈を否定した見解をとり、第一審判決が認定した事実を認容したのは、法令の解釈を誤つたものでその誤りが被告人の有罪無罪を決する重大な事実誤認を招来しており、これを破棄しなければ著しく正義に反する。

(二) 原判決は速度測定機によつて表示された速度の数値を事実認定の用に供した第一審判決を認容したのであるが、本件車両の速度測定に使用した速度測定機(レーダースピードチエツカーEYI〇二〇、製作者松下通信工業株式会社)は、その機能上測定対象となつた車両の測定走行時間のうちの十分の一秒の時間内に感知した最大数値(最高速度)を記録するものであり、かつ一度記録した最大数値の記録は、その後車両が速度を減じたとしてもこの減速した速度の数値を感知記録することが出来ない仕組みになつている旨である。(原審証人大森珠介の尋問調書五葉目)すなわち同測定機が表示した数値は測定区間における測定対象車両の瞬間速度の最高数値である。

およそ都道府県公安委員会が車両の速度規制をするのは、道路における危険を防止し、交通の安全と円滑をはかりその他交通に基因する障害を防止するため必要があると認めた場合であり、かく認めるについては相当な客観的要素がある場合でなければならないと解せられるところ、或道路につき時速三〇キロメートル毎時と規制したからといつてこの道路を十分の一秒間に〇・八三三メートルを超え、時速に換算して三〇キロメートルを超える距離を走行移動した車両に対し速度の制限に違反するものと強弁することは法制定の趣旨に反するものと言わなければならない。十分の一秒(他の機種によれば二十分の一秒)という瞬間に制限速度を超えた速度を出した計算になつたとしても、そこに危険度の客観的要素が存在するであろうか。

上告人はかかる瞬間的速度に対する形式的制限速度違反は零細な反法行為として違法性を阻却し、道路交通法第一一八条第一項第二号違反の行為としての可罰性が否定されるものと思料する。

しかるに原判決は右の点で法令の解釈を誤り、瞬間の形式的制限速度超過も右法案に該当するものとして第一審判決を支持した点において法令の解釈を誤り、延いて重大な事実の誤認をおかしたものであり、これを破棄しなければ著しく正義に反するものと主張する。

第二点 原判決は判決に影響を及ぼすべき重大な事実の誤認があり、これを破棄しなければ著しく正義に反する。

理由

原判決は本件検挙にあたつた警察官伊藤賢及び同杉山弘美が、本件当日午前一〇時三八分ころから午前一一時一〇分ころまでの間被告人車両を含めて七台の取締りをしたとの事実を認めているが、原判決が認容した第一審判決の摘示事実によれば、本件の行為日時は昭和五六年五月二九日午前一〇時五分ころであるから、原判決に表示された犯罪事実と証拠によつて認定した事実との間に著しいくい違いがあり、このくい違いは判決に影響を及ぼす重大な事実の誤認というべくこれを破棄しなければ著しく正義に反する。

第三点 原判決は憲法第一四条の精神に違反し破棄を免れない。

理由

原判決は本件検挙に供用された速度測定機に併進車両、連続車両を識別出来ない等の制約があることをもつて本件を含めこれによる取締りすべてについて憲法第一四条の精神に反するとか、その測定結果書面の証拠能力がないというのであれば捜査には人的・物的に制約の伴うことを避け難い事実を無視するものとして採用出来ない見解と言うほかはないと判示しているが、この判旨は捜査手段における人的物的設備の制約を理由として人権侵害を正当化せんとする本末を転倒した謬論である。

本件の検挙にあたつて使用された機器のような不公平を内蔵する機器を取締捜査の用に供することは平等に法を執行すべき捜査機関の存在理念に反するとともに、法による人権侵害の対象の選択を取締官の恣意に一任されているという重大な違法・不当状態の発生を是認するものであつてこれは正しく憲法第一四条の精神に反するものと言うべく斯様な違法性・不当性を内包する捜査手段によつて収集された証拠の証拠能力は否定さるべきであり、速度が五二キロメートル毎時であることを的確に証するものは速度測定カードだけである本件においてはこの証拠能力の否定は、被告人の無罪につながる重大な意義を持つものである。

よつて原判決は憲法第一四条の解釈を誤つたものであつて、到底破棄を免れないものと思料する。

以上

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